ブルーライジング第1章1-4

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蒼汰はしばらく龍馬の身体に重なったまま動けないでいた。

両者は折り重なったまま、荒い呼吸を繰り返していた。

「んーフレッシュ!そして実にエキサイティングな一戦だった!!素晴らしいぞ!!」

マックボマーは蒼汰を転がしながら健闘を讃えた。

力を出し切った身体は立ち上がる機能を失い、コーナーに寄り掛かるのがやっとだった。

時間にして16分ほどだったという。

未だ汗の引かない龍馬は四つん這いになり、リング中央に向かっていった。

「ありがとうございました」

息も切れ切れに頭を下げながら言った。

蒼汰は「おう…」とだけ言ったが、すかさずマックスボマーが蒼汰の顎を蹴りぬいた。

一瞬意識が遠のく。

え?え???

龍馬は目を丸くし固まった。

マックスボマーはうなだれる蒼汰を無理やり引き起こし、ポストに乗せる。

「失礼、礼儀がなってないもので。今叩き込む!」

そういうと、自らもポストに登り蒼汰を抱え上げた。

天井にまで届きそうな高さから蒼汰の身体はマットへと落下し、2,3度バウンドした。

仰向けに伸びる蒼汰にマックスボマーは再びポストに飛び乗った。

見た目からは想像できないほど軽やかに宙を舞い、全体重を蒼汰に浴びせていった。

「ガハッ…ガッ…」

蒼汰は強烈な衝撃に痙攣を起こしていた。

イヤ…ダメじゃんか

龍馬は急に始まった蒼汰への制裁に目を丸くしていた。

マックスボマーは気絶する蒼汰を無理やり引き起こし、龍馬が先程したのと同じ姿勢に折り曲げる。

「コチラこそ、素晴らしい時間をありがとう!!!!」

そう言うと、強引に蒼汰の頭をマットに叩きつけた。

「あの…大丈夫なんす…か?」

「ああ!大丈夫さ!死にはしない!!!」

そう言ってマックスボマーはマスク越しに爽やかな笑顔で笑い、力強く親指を突き立てた。

「覚えてねぇ…なんも覚えてねぇ…お前のせいで覚えてねぇ!!」

目を覚ました蒼汰は自らのトレーナーを指差して叫んだ。

「落ち着けって!」

今にもとびかかろうとする蒼汰を龍馬は必死に押さえ込んだ。

「ハハハハッ!!!若いっていうのはいいなぁっ!!」

水を飲みながら、マックスボマーは高らかに笑った。

蒼汰はじっとマックボマーを睨みつけたまま唸り声を上げ続けている。

「おおっそうだ!忘れるトコだった!!」

2リットルの水を数秒で飲み干したマックスボマーは、そそくさとどこかへ消えていった。

龍馬はボーゼンと大きすぎる背中を見送った。

「今日は…ありがとなっ!!」

二人きりになった龍馬は笑顔でそう言った。

言われた蒼汰は照れくさそうに下を向く。

汗が滴り落ち、水たまりを作っていた。

「怪我治ったら、また相手してくれよ!オレ、お前とタメだぜ」

蒼汰は目を合わそうとしなかった。

龍馬は気にしなかった。気に入らなければもう噛みつかれてるだろう。

「…おう…」

下を向いたまま、蒼汰は呟いた。

相変わらず下を向いているが、目だけは時折コチラを見ている。

滝のような汗は包帯をずぶ濡れにし、真っ白だったのがすっかり汚れていた。

そこにうっすらと血の跡が滲んでいる。

「お前…血ぃ出てんぞ?」

「別に構わねぇよ。いつものことだから」

蒼汰は気にしない様子でベンチから立ち上がり、水を飲み干した。

「いつもって…?」

ここに来て日はまだ浅いが、龍馬は蒼汰の存在を今日初めて知った。

だがトレーナーがついているならキャリアの差はそんなに無いはずだ。

「なぁ…お前っていつもどこに…」

「やぁ!おまたせしたな!!」

そこに高らかな声でマックスボマーが舞い戻ってきた。

手にはハサミと新たな包帯を抱えている。

「ソウタ!まずはその汚れた包帯を取り替えようではないか!」

「こんな汗だくで巻いたって意味ねぇだろうがよ!!」

蒼汰はマックスボマーを指差して吠えた。

確かに!!!

マックボマーはそう言って笑った。

「ならばまずは包帯を取ってやろう!」

「おっと…」

マックスボマーはそうつぶやき、龍馬の方を見た。

「タツマ君!今日はもう遅い!キミも汗を流し早く休みなさい!!」

「えっ?あぁ、はいっ」

龍馬はそう言って「失礼します」と挨拶し、その場を離れた。

「さぁ蒼汰!包帯を取りながらミーティングだ!!」

「いいよ!自分でやっから、触んなっ!!」

背中越しに聞こえるやり取りに軽いため息をつき、龍馬はその場を後にした。

扉を閉めた後、どうしても気になった。

気配を悟られないよう、慎重にドアの窓から中を伺う。

蒼汰の包帯が次々と切られていた。

「!?」

その身体を見て龍馬は目を丸くした。

蒼汰の身体には無数の傷が刻み込まれていた。

一部の傷は縫合したばかりなのだろうか、ぱっくりと開き血が滲んでいる。

そのどれもが肉にまで到達している深いキズばかりだった。

目をこらしてよく見ると、火傷のような痕も無数に見える。

龍馬はいつの間にか息を荒げていた。

包帯を巻いていた胴体も、腕も足も…

全身傷だらけの姿が顕になっていた。

「蒼汰…お前一体なにしてんだよ…」

マックスボマーが不意にコチラを向いた。

龍馬は咄嗟に頭を隠し、姿勢を低くしたままその場を去った。

全ての包帯を取り去った蒼汰の身体をマックスボマーを腕組みしながら眺めていた。

幾つかの傷は開いているが、その殆どはしっかりと閉じている。

「…蒼汰。次の試合オファーが届いているが、どうする?」

しばらくの沈黙の後、マックボマーは言った。

全てが想定内のオファーがたまに腹立たしい。

「やるに決まってんだろうがよ」

乱暴に汗を拭いながら蒼汰は答えた。

オレには喧嘩しか無い。

喧嘩で負けたらオレには何も残らないんだ。

蒼汰はそう言うと、野獣のような鋭い目つきでウェイトルームに向かっていった。

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