ブルーライジング第1章1-2
1-2
…誰か…いるな…
眠れない日はトレーニングに限る。
弟たちの遠足写真が送られてきたら、眠れるわけがない。
この嬉しさと、新たに入った気合をなんとか消化しないと寝付けるわけがない。
龍馬はトレーニングルームにいる確かな気配を感じながらドアを開けた。
広大な空間には様々なトレーニング機器とリングが併設されている。
朝になればこの空間は人でいっぱいになるだろう。
蓄積した汗の臭いは消えないが、いつものような湿気はなく、空気がカラッとしていた。
その一角で、バーベルを背負いスクワットを繰り返している塊が目に入った。
龍馬はその姿を見て目を丸くした。
青いパンツ以外、全身が包帯にくるまれている。
「イヤ…ダメだろっ!」
気がついた時にはそう叫んでいた。
その声に気がついたのか、男はバーベルを抱えたまま、コチラを睨みつけてきた。
野獣のような目だった。
龍馬は一瞬その目にたじろいだが、何故かそこから動く事ができなかった。
しばらく無言のままお互いは見つめ合っていた。
だが、包帯男は再び視線を鏡に戻し、スクワットを続行し始めた。
龍馬はしばらくその姿を見つめていた。
ワンセットが終わったのか、包帯男がバーベルをバーに戻した。
「オイ…大丈夫なのかよ?」
龍馬はそのタイミングを見計らって声をかけながら近づいていった。
「…あ?」
ぶっきらぼうでやや威嚇を込めた声が低く響いた。
「んな怪我してんじゃ…逆効果だろ?」
何やってんだオレ?
意識的に声をかけるつもりは無かった。だが勝手に言葉が出てくる。
無意識にコイツとの距離を近づけようとしてる。
よく見れば包帯男の顔はあざと傷だらけだが、幼さも見て取れる。
自分と近い歳なのかもしれない。
高校へ行くことを諦めた自分には同い年の友達がいない。
寂しくなんか無いと思っていたが、それはどこかで頑張ってる嘘でもあった。
だが、近づこうとする龍馬を蒼汰は拒絶した。
包帯に汗が染み込んでいくのも構わずに、蒼汰はバーベルにプレートを足していった。
「…お前…いくつだ??」
そう口走った龍馬の顔には明らかな戸惑いの表情が漏れていた。
あまりにも突拍子がなさすぎる。
「17」
案外素直に帰ってきた答えに何故かホッと胸をなでおろす。
「オレとタメかぁ!」
龍馬は笑顔で言った。
蒼汰は一瞬動きを止めた。だが、何かを振り払うかのように再び、バーベルを抱え込む。
持ち上げようとした瞬間、蒼汰は顔を歪めた。
思い金属音が空間に鳴り響く。
「大丈夫かっ!?」
龍馬はかけよった。
「触んじゃねぇっ!!」
蒼汰は近づく龍馬に吠えた。
マットに大量の汗が滴り落ちていた。肩で荒く息をし脇腹を抑える。
「ホラ見ろ!なにしてんな怪我したか知らねぇけど…」
「うるせぇよ」
息を整え蒼汰はヌラリと立ち上がった。
ほんとにタメなのかよ…
背は低いが、包帯だらけの身体にびっしりと筋肉が詰め込まれている。
「お前…さっきからなんなんだよ…人のトレーニング邪魔すんなよ」
「…オレにもわかんねぇよ…」
鼻をこすりながら龍馬は言った。
「けど、なんか…こう…ほっとけなかったんだよ。悪かったよ…」
困惑した表情で龍馬は伝えた。
蒼汰は相変わらず龍馬を睨みつけていた。
だが、蒼汰の目をみた龍馬は確かに感じた。
突き刺すような目の奥には何かに怯えている。
元々人懐っこい自分が友達がいないという状況に頑張って嘘をついていたように、コイツも何かに頑張って嘘を
ついているんだ…
だからほっとけなかった。
「なぁ…」
龍馬は言葉を続ける。
「んな体動かしたいんならよ…スパーリング付き合ってくんねぇか?」
何言ってんだオレ…
明らかに怪我をした相手に言う言葉じゃない。
蒼汰はじっと龍馬を睨みつけたまま動かないでいた。わずかにだが呼吸が荒くなっている。
「…オレは怪我してんだけど…」
「だっだよな!」
ハァ…
龍馬はため息をついた。
「イヤ、スパーリング、ナイスアイディアだ!」
戸惑いの静寂を打ち破るようにその声は高らかに響いた。
咄嗟に振り向くと、そこには赤と青で彩られたスーツに身を包んだ巨体が立っていた。
その姿を見て、蒼汰は舌打ちをした。
「…なんでいやがんだよ」
「お前がメディカルルームからいなくなったと医療チームから連絡があったからな!」
いちいち語尾が強い。そしてムダに声が通りボリュームがデカイ。
この格好…ヒーローじゃねぇか!
スーツ越しでもわかる常人離れした筋肉と長身がヒーロー達の特徴だ。
ヒーロー同士の試合は世界中から注目される。
「さすが頑丈さは一級品だなソウタ!オレは心配してたんだがな!」
明らかに煙たそうな顔で蒼汰はヒーローを睨みつけていた。
「キミは…えーと…」
「鳳 龍馬っす…」
「そうか!タツマと言うのか!ヒーロー向きの名前だな!!」
小気味よく指を鳴らし、ヒーローは言った。
気温の高いこのテンションにすぐには追いつけない。
これはキツいよなー…
龍馬は蒼汰の苦労が少しわかる気がした。
「オレはマックスボマー!スープレックスを武器に戦うヒーローだ!!」
そう言って決めポーズを取る。
どうしていいかわからない。
龍馬は黙々とプレートを片付けている蒼汰を見た。
「…相手にすんな。こういうヤツなんだ」
空気を察し、蒼汰はぶっきらぼうに言った。
「ソウタ!彼の行為に甘えてスパーリングだ!それで復帰できるかどうかを見極める!」
蒼汰は返事もせずリングのある方へと向かっていった。
「タツマ君!遠慮なく潰していいからなっ!」
物騒な言葉をマックスボマーは歯切れよく言った。
遠慮なくとは言え…包帯だらけの相手に全力を出せと言われてもそれはそれで難しい。
「…反対に言えば潰すつもりで行かないとキミが潰されるぞ?」
今までにない低い声でマックスボマーは言った。
そ…そんなつえぇのかよ…
オレとおんなじペーペーじゃねぇのか…?
目の前でレガースを着けている蒼汰に、龍馬は気合を入れ直す。
かぶっていたTシャツを脱ぎ捨て、ショートタイツ一枚の姿になる。
なんの飾りっ気も無い黒のショートタイツ。
同じように何の飾りっ気もない刈り込まれた髪の毛が合わさると、いかにも新人レスラーと言った風貌だった。
適度な脂肪に覆われた身体は筋肉も十分についている。
だが伸びしろがまだまだある。
裸になった龍馬を見て、マックボマーは値踏みしていた。
近くにあったゴングにマックスボマーが力いっぱいハンマーを振り下ろした。
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