ブルーライジング第1章1-3
1-3
「…ウシッ!」
気合の一声と共に龍馬は体勢を低くした。
蒼汰は身体を脱力させながら軽くファイティングポーズを取る。
互いがリングを周り、間合いを計る。
そして、距離をつめて両者が同じタイミングで組み付いた。
コイツ…汗クセェ…
組み合った蒼汰は鼻にツンとくる龍馬の臭いに顔をしかめる。
だが、それは龍馬も同じだった。
コイツ…クッサ!
いくらトレーニングしていたとは言え鼻の奥に響くような臭いだった。
試合で場外に落とされた時に鼻にガツンと来る場外マットのような臭いだ。
互いに力が拮抗し押し問答が続く。お互いが相手の隙間に手をねじ込もうともつれ合っていた。
荒い息遣いとマットを擦るシューズの音だけが空間に響き渡る。
レスリング技術を叩き込まれている龍馬はうまく身体を滑らせ、バックを取る。
バックを取られた蒼汰は隙を見つけ龍馬の足を取り、いきなり極めようと技をけしかけてきた。
「ウオッ!」
危うくかかとをとられかけた龍馬は蹴り上げ、距離を取った。
蒼汰はゆっくりと立ち上がる。
身につけたレガースに、構え。そして組み付き方。
自分よりもはるかに戦い慣れしている。
龍馬は歯の奥を強く噛み締めた。
「オラッ!」
様子を伺いながローキックを出していた蒼汰は急に距離を詰め、ナックルパートで龍馬の額を撃ち抜いた。
ダメージを逃すためにのけぞり、ロープにもたれかかる。
蒼汰は反対側に走りロープの反動を使い、龍馬に突進する。
身体を翻し、ニールキックを放った。
龍馬はしっかりと胸でそれを受け、受け身をとって衝撃を逃した。
蒼汰は体勢を整え、龍馬が起き上がるのを待つ。
ただのスパーリングでは意味がない。
日頃から受ける練習を積み重ねておかないと、試合で出来るわけがない。
龍馬の受けにマックボマーはウンウンと何度も頷いていた。
立ち上がった龍馬は軽く顔の汗を拭った。
マットに染み付いた臭いが手を通して入ってくる。
…いいねぇ…!!
暖まってくる身体と共に心にもギアが入り始める。
いくつものアルバイトを掛け持ちして駆け回ってた頃よりも遥かに良い金額が入り、弟たちを楽させてやれる。
それ以上に、こうして身体をぶつけ合うことは自分も嫌いじゃない。
試しに手四つを誘ってみる。
蒼汰は溜めを作り、それに応じた。
純粋な力比べが始まる。
毎日おにぎり握ってたオレの握力なめんなよぉ!
グッと入ってくる圧を真っ向から龍馬は受け止めた。
もっとだ!
蒼汰は足の力をうまく使い、龍馬を追い込んでいく。
だが、龍馬を崩すまでにはいかない。
頃合いを見て今度は龍馬が蒼汰を追い込む。
純粋な腕力は自分の方が上のようだ。
蒼汰の表情が苦悶に変わっている。
龍馬に押し込まれ、蒼汰は片膝をついた。
上から来る圧と重力を必死に受け止める。
ついには蒼汰が押し込まれ、龍馬に馬乗りを許してしまった。
そこからレスリングムーヴ。
プロレス序盤の見せ場でテクニックを披露する。
抱え込もうとする龍馬を蒼汰が両足を振り上げ挟み込む。
形成が逆転するが、龍馬は身体を横にずらし、横四方へ。その首を蒼汰が再び両足で挟み込む。
上手く身体を回転させ、ホールドを逃れ、両者は距離を取った。
「ブラボゥッ!!!」
マックスボマーが高らかに叫び、拍手を送った。
なんだ!やれば出来るじゃないか!
蒼汰の出る試合では見る機会の少ない基礎的なレスリングショーを見てマックスボマーは心で愛弟子を褒めた。
「うおぁああ!」
吠えた龍馬はロープの反動を利用し、ケンカキックで蒼汰の顔面を蹴り上げる。
蒼汰の身体がロープにもてる。追撃の逆水平チョップを包帯が張り付く胸元に見舞う。
包帯越しに汗が飛び散った。
体勢を戻した蒼汰は歯を食いしばり再び胸を張り出す。
龍馬は再び逆水平チョップを御見舞する。
蒼汰の身体は微動だにしなかった。
踏みとどまり、再び胸を張り出してきた。
もう一度胸元を張り上げ、エレボーを御見舞する。
間髪入れずに数発エレボーを入れ、サッと片手を蒼汰の股下へとすべらせる。
蒼汰の反応も良く、すんなり身体が持ち上がり、マットに背中から叩きつけた。
板と肉がぶつかる重い音が鳴り響く。
蒼汰はその場でしばらくもんどりうっていた。
構うこと無く頭を掴み、上半身を起こすと顔面を脇の下で抱え込む。
「グッアアアアッ」
ドラゴンスリーパーを極められ、初めて蒼汰が声を漏らした。
遠慮せず…
龍馬は心で何度も繰り返していた。
これは良い練習相手を見つけたぞ!
クラシカルな技を多用する龍馬の動きにマックスボマーは胸が踊った。
蒼汰は乱暴に足を振り上げ、龍馬の拘束から逃れた。
息を弾ませ、しきりに首を振っていた。
打ってこいよ
龍馬は仁王立ちになった。
「セイァッ!」
蒼汰は的確な角度で胸元にミドルキックを放った。
レガース越しとは言え、息が詰まるほどの重いキックに龍馬は顔をしかめる。
まだまだっ!
足を踏ん張り、胸の筋肉を固める。
「グッ…」
体格からは想像できない重いキックに声が漏れる。
蒼汰はその場で身体を空中で折りたたむ。目の前にはレスリングシューズの靴底が揃って向かってきていた。
これにはたまらず龍馬は仰向けに倒れ、マットが音を鳴らした。
仰向けから跳ね起きた蒼汰は、すかさず龍馬の髪の毛を掴み強引に立たせる。
「ガハッ…」
膝を入れられ、肩越しに抱えあげられる。
タイツを引っ張られる感覚を頼りに勢いをつけて腹に力を入れる。
真っ逆さまに高く持ち上がった龍馬の身体が、背中から落下していった。
「ガァアッ!!」
龍馬の身体を受け止めたマットが大きく揺れる。
受け身を取ったとは言え、ダメージは大きい。
龍馬の顔は苦痛に歪んでいた。
「ウアアアアアアッ!!!」
首を極められたまま、アームロックで腕を極められた。
肘と腕に響く痛みに叫び声を上げる。
視界に広がる蒼汰の青い股間越しに、獣のような臭いが顔中を包み込んでいた。
感覚に叩き込んだリングの距離を頼りロープを探る。
なんとか片手が伸びたが、蒼汰は一向に技を解く気配が無い。
「ソウタ!ロープブレイクだ!!」
マックスボマーが叫んだ。
その声に蒼汰は、一瞬戸惑ったが、技を解く。
「すまない!ソウタはロープブレイクありのルールに馴染みがなくてな!」
だが、ロープブレイクは仕切り直しではない。
蒼汰は再び龍馬を引き起こすと反対側へと龍馬を振った。
全重量を載せたロープが激しくきしむ。
その反動が足を勝手に走らせる。
待ち構えていた蒼汰はトラースキックで龍馬の顔面を撃ち抜いた。
再びマットが重く鳴り響く。
蒼汰は龍馬の首を両足で締め上げた。
痛ってぇッ!クッッせぇッ!!!
レガースからは尋常じゃない臭いが放たれていた。汗で湿り、更に臭いを色濃くしている。
首を絞めあげられる苦しみよりも、臭いでタップしそうなほどだった。
技にしても分厚い筋肉に覆われた蒼汰の足はなかなか解けない。
龍馬は両足をばたつかせ、苦痛にもがいていた。
気合で耐えしのぎ、少しずつ身体の軸を変え、なんとか首四の字固めから逃れた。
「臭いが残ってる…」
まだ足がくっついているかのように、首に臭いがまとわりついていた。
技をほどかれた蒼汰は立ち上がり、無造作に鼻を擦り上げた。
やはり迷うか…
試合の流れを作っているのは龍馬の方だった。蒼汰はそのペースに合わせているにすぎない。
マックスボマーは腕組みをしながら、蒼汰の行動をじっと見ていた。
龍馬を再び起き上がらせ、蒼汰はナックルパートを打ち込む。そして身体を密着させ後方へと身体を反らした。
蒼汰の身体を飛び越え、龍馬の身体がマットに叩きつけられる。
だが、龍馬はすぐさまに立ち上がり、がら空きになっていた蒼汰の胴体へと身体を突進させていった
不意打ちを食らった蒼汰はモロに喰らい、マットに叩きつけられる。
完治していない脇腹に激痛が走り、蒼汰は脇腹を抱えうずくまった。
「迷うな!!」
マックスボマーは一喝した。
そう言われた龍馬は、蒼汰の脇腹を蹴り上げた。
「ウアアアッ!!」
激痛に蒼汰はマットをのたうち回る。
弱点を攻めるのはプロレスにとってセオリーな戦法である。
肩で荒い息を繰り返す蒼汰の脇腹に何度もストンピングを浴びせ、髪の毛を鷲掴みにする。
歯を食いしばり、蒼汰は立ち上がった。
龍馬は蒼汰の頭を股下に挟み込み抱え上げる。身体を垂直にし、頭部を太ももでしっかりと挟み込んだ。
股下に息を感じる。
頭をしまいこんだ蒼汰を脳天からマットに突き刺した。
蒼汰は仰向けで大の字に伸びていた。
龍馬はロープに走り、エレボーを叩き込む。
その衝撃が脇腹に伝わり、蒼汰は再びもんどり打ち、場外へと落ちた。
「…続けるんだ!責任はオレが持つ!」
場外戦をマックスボマーは促した。
マスクに隠された眼の眼光は鋭かった。
龍馬は息を弾ませ場外へと降りた。
硬い床の上でうずくまる蒼汰を背後から無理矢理に引き起こす。
「ウオオオっ!!」
暑苦しい雄叫びを上げ、密着し、龍馬は硬い床の上に後頭部から叩きつける。
蒼汰は首を抑えながら、痛みにもがいた。
「ハァッ…ハァッ…」
吹き出す汗を払い、龍馬は蒼汰に近づいた。
だが一瞬の迷いが隙を生み、タックルで倒される。
「ウッググアアアアアア…」
腕を持っていかれ、強引に引き伸ばされた。
本来あるはずの腕の伸びを両足で封じられ、肘に作られた山が腕を攻め上げる。
龍馬はたまらずうめき声を上げた。
十字になっている身体の軸をなんとかずらし、胴体を反転させて技を解こうとするが、蒼汰は胴体を回し、今度は三角絞めで
龍馬を捕らえた。
だが決まりが浅く、龍馬は腕力で蒼汰を持ち上げ、床に背中を叩きつける。
伸びた蒼汰を龍馬は引き起こし、リングへと戻した。
未だマットの上で蒼汰は倒れたままである。
龍馬は苦悶を浮かべる蒼汰を引き起こした。
その目はまだ死んでいない。
むしろダメージを負うごとにギラギラと輝きを増しているようにも見えた。
ブレーンバスターの容量で蒼汰を高々と抱え上げる。
脇腹を痛めているのにも関わらず、蒼汰は自身の筋肉で身体を一直線に伸ばしている。
すごいぜ…お前っ!
龍馬は気がついていた。蒼汰がすべての攻撃を受けていることを。
だったら!!
反動を着け、蒼汰を脳天からまっすぐにマットへと落下させる。
マットに頭が着く直前にももでしっかりと挟み込み、固定する。
マットが大きく波打ち、遅れて蒼汰の胴体がゆらりと落下した。
これで…!
再び蒼汰を引き起こす。
龍馬の身体を伝い蒼汰は立ち上がった。
寄りかかる胴体を龍馬は抱え込む。
「ガアアアアアッ!!」
ベアハグで蒼汰を締め上げる。
ダメージの深い脇腹に激痛の逃げ道が無い。
腕力には自身のあり、シンプルなしくみであるベアハグは龍馬の得意な技だった。
「ハァッ…ハァッ…ギブアップか!?」
蒼汰を締め上げながら龍馬は叫んだ。
「ノー!!!」
絞り出すような声で蒼汰は叫び、首を横に振った。
さらに激しく蒼汰締め付け、身体を揺らす。
衝撃と激痛が身体にはしり、蒼汰は絶叫した。
それでも諦めず、歯を食いしばり、必死に耐え抜こうとする。
龍馬は蒼汰を乱暴に落とした。
うつ伏せで蒼汰は芋虫のように這いつくばっていた。
まだ立つのかよ…
これで終わらせたかった。
決着と思いスタミナを使い切った龍馬の身体はひどく重かった。
蒼汰はロープも頼りにせず、自身の力で立ち上がってきた。
確実なダメージは足にも来ており、ふらついてる。
それでも正面から龍馬を見据え、掌底からのコンビネーションで龍馬の意識を奪う。
延髄斬りで後頭部を蹴り上げると龍馬はうつ伏せに落下した。
マットは二人の汗で色が変わり、水でもかぶったかのように二人の体はびしょびしょになっていた。
蒼汰は這ったまま、うつ伏せに倒れた龍馬に近づき、身体を密着させた。
「ガッ…」
首にゴツゴツした腕が巻き付いてくる。
薄いタイツ越しに蒼汰の股間を感じる。
興奮しているのか、その当たりは硬かった。
我慢していたが、呼吸が苦しい今、徐々に絞まっていく首元は地獄だった。
ロープ…だが、絡みつく蒼汰の身体がその場から移動させることを許さない。
「クッ…」
龍馬は蒼汰の腕を数回タップした。
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