ブルーライジング第1章1-5
1-5
どうにもソワソワする。
モニターに映し出されている前説が終われば自分の出番だ。
あてがわれたロッカールームには、自分と同じように出番を待っているレスラー達がいる。
同期であるという事はこの場にいる全員がライバルでもある。
交わされる言葉は少ないのに、なぜかせわしない空気が余計に緊張感を高まらせていた。
前説が終わりにさしかかり、その場にいた全員にスタンバイの指示が入る。
やればいいんだ!いつも通りに…
龍馬は勢いよく立ち上がり、汗に湿ったTシャツを脱ぎ捨てた。
今日行われるのは若手レスラー達によるバトルロイヤル。
ファイブスタープロレスのオープニングマッチだった。
ここで最後まで生き残る事が出来れば、次回にシングル戦が組まれる。
いち早くこの乱戦から抜け出し、自分の存在感を観客に植え付けなければその先は無い。
龍馬は自分と同じように、入場口でスタンバイしている面々を見渡した。
そこに蒼汰の姿はない。
いるわけねぇか…
マックスボマーと言えばトップ中のトップだ。そのマックスボマーがトレーナーについているという事は
既にヒーロー候補なのかもしれない。
けど…アイツがヒーローねぇ…
粗野で乱暴。おまけに場外マットみたいな臭いを放つヤツがとてもヒーローになれるとは思えない。
「お前、汗クセェ」
悪びれる事もなく言われた一言を思い出した。
龍馬は思わずの自分の脇下に鼻を近づけ、クンクンと嗅ぐ。
「…何やってんだ?お前」
誰も見ていないだろうと思っていた行動を見られ、龍馬は思わず顔を赤らめた。
「いや…ちょっと匂いチェックを…な」
変な奴
目線でそう言われ、龍馬は頭を振った。
耳をつんざく派手な音楽が鳴り響く。
合図とともにその場にいた全員がリングに向けて駆け出した。
龍馬はいつものように黒いショートタイツを身に着け、リングに上がる。
自分の他にリングにいるのは7人。
ここにいるうちは、その他大勢のうちの一人だ。
8人の若手たちがお互いをけん制しあう。
誰を狩り、誰と組むか。
生き残るための戦いはもう始まっていた。
ゴングが鳴り響くと、それぞれが思い描いた戦略を実行に移す。
自分よりも体格は劣るがスピードで翻弄するヤツ、体格がバカでかいやつ。
自分が狩りやすい標的に向かい取っ組み合いが始まる。
一瞬たりとも気が抜けなかった。
手頃な相手と組めばノーマークのヤツからバックを取られ、
気が付けば二人がかりでマットに叩きつけられる。
誰かを殴れば頭を蹴りぬかれ、カバーを外せば、上から筋肉の塊が落ちてくる。
確実に蓄積されるダメージに歯を食いしばりながら龍馬は真っ向勝負を貫いた。
リングの中にはレスリングやラグビーの実績を持つもの、血筋のサラブレッド、
ジュニアスクールから長年スキルを磨いてきたヤツ。
それぞれがブランドと呼ばれるバックボーンを持っている。
この中で言えば唯一自分だけが何も持っていない。
バイトに明け暮れた日々で培った体力と根性だけが自分の武器だ。
バカだとわかっていても、真っ向勝負だけは捨てたくない。
自分の追い求める闘いは常に真っ向からぶつかり合うやり方だ。
意地と根性で7人と渡り合う。
時間がたつごとに身体がボロボロになっていった。
それは他のレスラー達も同じで、気持ちの折れた者からリングを降りていく。
龍馬は最後の二人まで生き残る事が出来た。
一人を捕まえ、パワーボムで沈めた。
すかさずダウンしていたレスラーに身体をかぶせ、カウント3をもぎ取る。
自分と同じく生き残ったレスラーはジュニア時代から天才と呼ばれたレスラーだ。
トラを模したマスクをかぶり、十二分に鍛え上げた肉体と技術を駆使して、
他のレスラーを次々狩っていった。
マジでトラだな…
滝のように噴き出る汗を垂らしながら、龍馬はトラと対峙する。
なんでそんな涼しい顔してんだよ…
トラのマスクマンも息は上がっているが身体のボロボロ具合は比較にならない。
こんな状況が自然と笑えて来る。
あざだらけの顔で龍馬はニヤついていた。
思わぬダークホースが生き残ったことで会場が湧いていた。
だが結末は変わらないだろう。
みれば黒いショートタイツのレスラーは生粋のエリートにいいように嬲られている。
体力、技術、センス。
攻めても守っても一方的に龍馬がボロボロになっていった。
それでも龍馬は肩を上げ、必死にロープにしがみついた。
ここで負けたとしてもシングルマッチは既に確約されている。
1対1でぶつかるのは目の前にいるトラだからだ。
けど…負けたくねぇ…!
あの傷だらけのチビ助だって何度も立ち向かってきた。
今負ければ、アイツに負けたような気になる。タップした悔しさがこみあげてくる。
鉛のように重い身体を必死に起こし、龍馬は立ち上がった。
胸元に食らう蹴りは重さはあった。
だが、俺はこれ以上に重い蹴りを受けたことがある。
エリートが故にマスクマンの男は確実に焦りが募っていた。
なぜ倒れない!?
自慢の蹴りをまともに受けて目の前の男は耐え抜いた。
恨むなよ…倒れないお前が悪い。
マスクマンの瞳に殺気が宿る。
龍馬の横っ腹を蹴りぬく。
その衝撃に龍馬が崩れた。
ダメージが残っているうちに龍馬を引き起こし、ロープに振った。
マスクマンもすかさずロープに走る。
今頃中央にいるはずの龍馬が帰ってこない。
ロープをつかみ、反動を殺した龍馬は笑っていた。
ならば!
マスクマンは目いっぱい反動をつけ、龍馬に向かって走っていく。
飛び上がった直後
「うおああああああっ!!」
怒号とともに龍馬はマスクマンを抱え込んだ。
そのままマットに叩きつける。
とっさの出来事にマスクマンは受け身を取ることが出来ず、後頭部を打ち付けた。
視界が波打つ。
19分22秒
龍馬はパワースラムで乱戦の頂点を勝ち取った。
初めて知った。
バトルロイヤルの優勝者には、賞金が出るなんて。
龍馬は自分の口座に振り込まれた金額と明細をじっと眺めていた。
数あるファイブスターの寮の中でも最低ランクの部屋に龍馬は住んでいた。
相手との戦いはもちろんのこと、自分との闘いを余儀なくされるレスラー生活では
精神のバランスを保つことが難しい。
大体はプライベートな空間を持つことを希望する。
出来る限り金を残したい龍馬にとって共同ではあるものの、
風呂とトイレがついていれば十分だった。
食事はレスラーにとっての生命線であるため、一日5食は保障されている。
翌日のオフ。
龍馬は銀行に向かい、家族の口座に賞金を含めたお金を振り込んだ。
「これで…うまいもん食えよ!!」
離れて暮らす弟たちを思い浮かべ、龍馬は空を見上げた。
0コメント