ブルーライジング第1章1-7
1-7
「あばらなんて、大した事ねぇじゃねぇかよ」
そんなもん、昔から何度も折ってる。
キングレオとの一戦で、龍馬はあばらと鼻の骨を折り、安静を余儀なくされた。
飯は食えない、息はしづらい、寝返りで地獄を味わった。
ようやく怪我が落ち着き、久々に蒼汰の前へ顔を出す。
身体を動かすのはもう少し先になりそうだった。
包帯だらけの龍馬を見て、蒼汰は目を丸くした。
「誰にやられたんだ!?」
蒼汰は襲われたと思ったらしい。
真剣な目で気遣う蒼汰の態度はうれしかった。
ただ、そこは蒼汰である。
試合であばらを折ったと言ったら、ものすごい冷めた目で見られた。
「キンタマまで蹴られたんだぞ?しかも3回も」
しばらくトイレで激痛に襲われ、気絶しそうになった。
「卑怯な相手にオレは正々堂々立ち向かったんだよ」
「キンタマ蹴り上げんのって…卑怯なのか?」
不思議そうに聞いてくる蒼汰に、龍馬は唖然とした。
なんて卑怯なんだ!許せねぇ!!
こんなノリを期待していた龍馬の計画が真っ白になる。
「お前…いやっよく考えてみろよ!?キンタマだぞ?」
龍馬はあばらを抑えて力説する。大声はあばらに響く。
蒼汰は遠くを見ながら考え込んでいた。
が、過去自分も常用していた経験から、どうしても常套手段としか思えない。
「キンタマ蹴り上げんの使えるぜ?特にデカいヤツとやる時とか」
ダンベルを上下させながら蒼汰が言った。
「蒼汰…そりゃ喧嘩の話だろ?お前だって蹴り上げられたら、痛いしヤだろ??」
青いタイツ一枚に覆われた蒼汰の股間は中々の盛り上がりである。
背は低いけど、そこはデケェんだよなー…
やられてる姿も想像がつく。
「そりゃいてぇし、なんかずっと残るしイヤっちゃイヤだけどよ…」
今まで正当な攻撃だと思って受けてたのだろうか?
これは教えてやらねば。
「蛍光灯割られるよりは痛くねぇかも」
思わぬ答えに龍馬は自分の股間を抑えた。
けっ蛍光灯!?
他にも頭突きやニードロップをモロに食らった事があるといわれ、
龍馬は思わず前かがみになった。
「そういや、鎌で刺された時はマジで死ぬかと思った」
龍馬は聞いただけでキンタマが縮みあがった。
全身から血の気が引いていく。
「前から気になってたんだけど、お前どこで試合してんの?」
龍馬は試合の度に蒼汰の名前を探していた。
ヒーロー候補だとしたらその名前は必ず出てくるはずだった。
現に別のヒーロー候補は毎回試合がなくともドキュメント風の映像が流れる。
そこで一度たりとも蒼汰の名前も顔も出たことはない。
「俺?デスマッチ」
蒼汰はより重いダンベルに交換しながら言った。
「デスマッチ???」
うちにそんなもんは無かったはずだ。
「デスマッチって…なんだよ」
おっとその先はトップシークレットだ!
さらに聞きこもうとした時、その声はトレーニングルーム中に鳴り響いた。
「…なんだよ入ってくんなよ」
蒼汰はあからさまな舌打ちをしてみせた。
「そうはいかん!お前はオレの大事な愛弟子だからな!!」
これだけ存在感があるのに、全く気配を感じさせなかった。
いつの間にか現れたマックスボマーだった。
「タツマクン!ソウタはちょっと特別な場所で試合をしているんだ。
だが、それは秘密なんだ!分かるだろ?」
いつもの暑苦しい声色だが、マスクの奥で光る眼は鋭かった。
「ウ…ウス」
首を縦に振るしか選択肢は無かった。
仮に蒼汰にしている仕打ちを自分が受けたら、間違いなく死ぬ。
「ソウタはいつも今日は龍馬は来るのか?とずっと聞いて来てなぁ!
すごい寂しそうな顔にオレは思わず嫉妬したよ!」
愛弟子を撫でてやろうと思ったのだろう。
頭においた瞬間、指に蒼汰が噛みついていた。
「なっ…なんだソウタ!腹が減ったのか!?」
「余計なこと言うんじゃねぇよっ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
始めはほとんど喋らなかった蒼汰も、今では言葉を交わすようになってきた。
話せば話すだけいいヤツで、可愛いヤツだった。
「そういや…オレ、今度トレーナーが着く事になったンス」
新人の群れから離れたレスラーはファクトリーと呼ばれる場所から独立を果たす。
一人前のレスラーとしてより高度な技術を身に着け、心身を鍛えるために
専属のトレーナーが着く。
トレーナーはヒーローが務めるのがファイブスタープロレスの習わしだった。
時に弟子は、ヒーローの演出にとって重要な役割を果たすこともある。
対立する悪役から人質にされる者、自分の師を裏切る者。
今後、龍馬にはレスラーとしての実力のほか、演技力も求められるようになってくる。
ヒーローと今後どういう関係を結んで行くか。
その未来図は若きレスラー達の将来を決める。
「あぁ!君の活躍はオレも観ている。ちなみトレーナーは誰に決まったんだ?」
「マイティ・ガードさんっス」
なるほど…実にセオリーな組み合わせだな…
龍馬は全く飾りっけが無い。むしろ自身を無駄に着飾らないそのシンプルさこそが
龍馬の存在感を引き立てている。
実力にしても、愚直なまでに努力を重ねていることはスパーリングを見ればわかる。
実直で純粋なパワーファイターであるマイティガードは確かに今ある龍馬のポテンシャルをより引き出すだろう。
だが…なぁ…
マックスボマーは人選にやや不満を覚えた。
「マイティはオレと同期だ。あいつは根強い人気があるからな!頑張るんだぞ!」
不満を即座に押し殺し、マックスボマーは龍馬に近づき握手を求めた。
「あっハイ!ありがとうございます!!」
おそらくノリだろう。
龍馬は差し出された手を握り返した。
「じゃあ、またな!蒼汰!」
「おう」
龍馬はトレーニングルームを後にした。
「ソウタ…」
水を飲み干す背中にマックスボマーが静かに呼びかけた。
「…わかってるよ。言わなきゃいいんだろ?」
表に出れない。出てはいけない存在。
深い地下を戦場とする蒼汰に龍馬のような光は決して当たらない。
その方がいい。
自分は光なんてハナから求めてなんかいない。
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