ブルーライジング第1章1-9

1-9


砂に身体が当たっただけで激痛が走る。

試合が終わっても攻撃された蒼汰は地獄の時間が続いた。

流血で真っ赤に染まった顔は苦痛の表情に歪んでいる。

「ウあああああああっ!!」

ひときわ大きな絶叫が会場にこだました。

むき出しの肌が火炎に包まれた。

火だるまになった蒼汰は砂地を転げまわる。

蒼汰の呼吸は乱れ、身体が痙攣を起していた。

10分の爆破を耐え抜いた蒼汰は瀕死の状態だった。

せめてもの抵抗として、カウントを2.9で返し続ける。

立ち上がろうともがく中で背中を火炎に包まれる。

激痛に肩を上げる事が出来ず、無情なカウント3が叩かれた。

地獄はそこからだった。

急所に膝を落とされ、起こされては、わざと火傷を負った背中から砂地に叩きつけられる。

会場は大いに沸いていた。

真っ赤な衣装に身を包んだファイアドレイクは蒼汰を有刺鉄線に振った。

まだ電流の生きている鉄線は爆発を起こす。

煙を上げながらふらふらと進み出る蒼汰を火炎が包み込んだ。

異常なまでに火力のある炎は蒼汰を火だるまにした。


「ウ…グッ…」

火傷の痛みが引かず、蒼汰はずっとうなり声をあげ、苦しみ続けた。

傷の縫合すらできない程で、血が滴り続ける。

苦しみのあまり、抜いてはいけない管を抜いてしまうため、

両手足をベッドに縛り付けられていた。

さすがのマックスボマーも、蒼汰の惨状に言葉を失う。

骨組みだけのベッドの近くに置いてある蒼汰のコスチュームは焼け焦げていた。

目を閉じ深く呼吸をする。

マックスボマーは緊急コールで医者を呼んだ。

「…オレの血は使えるか?」


穏やかな寝顔だった。

こうしてみていればまだまだ子供だ。

寝息を立てる蒼汰をしばらく見つめ、マックスボマーはその場を後にした。


目が覚めた蒼汰は飛び起きた。

今までずっと悪い夢を見ていたように身体がだるい。

ぼーっとした頭に、火だるまにされた記憶が蘇る。

今まで一度も感じたことのない怖さがこみあげてきて、蒼汰の息は荒くなっていく。

間近に感じた死。

死にそうな目には何度もあってきた。

だが、明確に死を感じたことは無かった。

「くっそ…」

震えだす手を強引に抑え込んだ。

蒼汰はいつものように病室を抜け出し、トレーニングルームに駆け込んだ。

汗を流し、必死にウェイトを続け、怖さから逃げようとやっきになった。

近くにある気配にも気が付かない程、蒼汰は自身を追い込んだ。

「ぐあっ!」

焦りからフォームを崩し、蒼汰はベンチでつぶれてしまった。

もともと無理な重量を上げていたためか、バーが思う様に身体を転がらない。

四苦八苦している蒼汰の身体が急に軽くなった。

覆う影に目線を映すと、狼のように鋭い目をした人物が立っていた。

男は無言のままバーを持ち上げ、蒼汰に出ろと顎で示す。

息が上がり、汗だくの蒼汰も無言のままベンチから脱出した。

「パンイチでご苦労なこったな」

軽々とバーを戻しながら男は言った。

「…オレこれしか持ってねぇもん」

いつの間にか着けていたコスチュームが無くなっていた。

きっとマックスボマーの野郎が持って行ったのだろう。

お礼を言うべきがどうしても素直に出てこない蒼汰は下を向いた。

乱暴に鼻を擦り上げる。

黒のノースリーブを身に着けた男は、汗に塗れたベンチにそのまま腰かけた。

「あ…汗…」

「構やしねぇ」

蒼汰の言葉は乱暴に切り捨てられた。

男の目は獣のように鋭く、逆立ったような髪の毛と同じ金の色を讃えていた。

その目がじっと蒼汰を見つめている。

「お前が大和蒼汰か…」

なんとなくだが、蒼汰はこの男を見た事がある。

自分と同じリングで。

「…生身のまんまバケモンと戦う少年レスラー。

爆破を耐え抜くも地獄の業火に沈んだ…か」

妙に通る声が静かに言った。

「お前、マジで死にそうになってビビったろ?」

蒼汰は思わず目線を外した。

ー お前、ホント嘘つくの下手なのな ー

遠い昔に言われた一言が脳裏をよぎる。

「お前…嘘つくの下手だな」

男は静かに笑いながら言った。

「うっ…うっせぇな…」

見透かされてるような空気に蒼汰は耐え切れなかった。

鼓動が早くなり、汗の臭いが変わった。

発達した耳と鼻は蒼汰の変化を手に取るよう伝えてくる。

「ファイアドレイクはただ見せつけただけだ。自分の言ってる事は本当なんだってな」

男は立ち上がりながら言った。

黒のノースリーブに、同じく黒のショートスパッツを身に

着けた身体は龍馬よりも長身でがっしりしていた。

晒した腕や脚には傷跡が残っている。

「ま、次の試合は死なねぇ程度に加減してやるよ」

そう言い、固まる蒼汰の頭に手を置いた。

ま、人間っちゃあ人間のままか…

微かに鼻をかすめる血の匂い。

そこには本人とは別の臭いも混ざっていた。


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