ブルーライジング第1章1-10

1-10


グラウンドスターの控室は、人間が使う事を想定されていない。

コンクリートで固められた場所は鉄格子で閉ざされており、

入場時は手錠と首輪がはめられた姿で出てくる。

ファイブスターのようにショーではなく、グラウンドスターは見世物である。

ここではヒーローですらもが特別扱いを受ける事は無い。

同じように牢獄に入れられ、残虐な見世物の一つとなる。

蒼汰は牢屋の中でコスチュームを身に着けていく。

ファイアドレイクに焼かれたタイツはリペアされていた。

レガースとニーパッドに焼け跡は残っているが、使えない程ではない。

自分と同じく、試合を重ねるごとにボロボロになっていく。

しわくちゃのレガースに脚を通し、腕にバンテージを巻いていった。

死の恐怖は結局何をしても乗り越える事は出来なかった。

ずっと死んでもいいと思っていたはずだった。

今の自分にはもう、何も残されていない。

やりたいことも特に見当たらない。

だが、ここはよく似ている。

喧嘩をしている時の空気と。

ただ目の前の相手をつぶすために拳をふるう、

あの空気に似ているから嫌いじゃないだけだ。

それが火だるまになった時、自分は確かに怖かった。

火が消えず、熱が肌を焼いていく激痛と臭い、呼吸ができない苦しさ…

焼けた肺に空気を取り込むことが出来ず、このまま死んでいくんだと思った。

それに…

目が覚めた時から何となくある身体の違和感。

気にしなければ気にならないが、ふとした瞬間にそれはフワッとやってくる。

バンテージを巻き終えた蒼汰は自分の拳を見つめた。

よく見ればバンテージもボロボロだった。

最初は白かった気もするがあまり覚えていない。

鉄格子で阻まれてる通りにけたたましいローラーの音が鳴り響く。

試合が終わったのだろう。

マックスボマーみたいな恰好をしたヤツがたまにやってきて、運ばれていく。

妙にガタイのデカい黒服がやってきた。

無言で鉄格子を開け放つ。

やるしかねぇんだ

身体に手錠と首輪がはめられ、部屋を出た。

もしかすると初めて見たかもしれない。

リングを囲っているロープが普通だった。

その代わり場外には有刺鉄線を張った板が置かれ、

コーナーの四つ角には蛍光灯が板に張り付いていた。

黒い色をしたリングに上がると、金属のような音が響く。

小さい穴が規則的に空いている。

さび付いたような鉄の足場がリング一面を覆っていた。

後から入場してきた人物を見て蒼汰は目を丸くした。

「ゲッ…」

それはトレーニングルームで見た顔だった。

相変わらず、獣のような目で自分を見つめている。

上半身は裸で、黒いショートスパッツの姿。

足元は自分と同じくレガースで覆われていた。

蛍光灯を背に背負い、両者が対峙した。

コールされて初めて名前を知る。

「金沢一平…」

試合形式がアナウンスされる。

断崖爆弾デスマッチという名前だった。

場外に敷いてある板に落ちれば爆発するらしい。

アップで汗ばむ蒼汰は無意識に鼻を擦り上げた。

迷い…か

緊張した様子もなく身体をほぐす一平は、仁王立ちで立つ蒼汰を眺める。


人間同士なんて珍しい…

蒼汰が前の試合で死にそうになったそうだ…

さて…どちらにかけるかな…

イマイチパッとしないカードだな…


いやでも耳が雑音を拾ってしまう。

一平は小さく舌打ちをした。

このクズどものおかげで自分は飯を食えてる。

視覚に意識を戻すと、蒼汰はコチラをじっと見つめていた。

身体中に刻まれた傷とみっしりついた筋肉。

それを覆うのは青いショートタイツとボロボロのレガースだけ。

くっせぇなオイ…

対角線上から向かってくる臭いに一平は顔をしかめた。

あのレガースに臭いが詰まっている。

ゴングが鳴り響き、両者が構えた。

蒼汰は拳を握りしめ、正面にガードを取る。

一平はやや高めにガードを取り、脚で軽くリズムをとる。

「ウラァっ!」

一平は長い脚で蒼汰をガードごと蹴りぬいた。

とっさに腕を固め、蒼汰はケリを受ける。

すかさず蒼汰も右ストレートを顔面目掛けて振りぬいた。

それはサラリと躱される。

いきなりの打撃戦が始まった。

肉と肉がぶつかる音が絶え間なくリングに響く。

数発もらっても前に出る蒼汰と、スウェイとガードを使い分け、蹴りで応戦する一平。

バチバチの打撃に会場は思わず息をのんだ。

キリねぇな…

顔面に蹴りをもらっても前に出る蒼汰を一平は捕まえた。

そのまま、対角線に振る。

ガラスの割れる音が鳴り響いた。

蒼汰の背中で蛍光灯がはじけ飛ぶ。

一平は素早く走り、板に張り付いた蒼汰の顔面を膝で蹴り上げた。

蒼汰が前に倒れる。

背中に砕けた破片が引っ付いていた。

一平は残っていた蛍光灯を取り外し肩に構えた。

蒼汰が立ち上がるのを待ち、頭を大上段から打ち抜く。

再びガラスの割れる音が鳴り響き蛍光灯が砕けた。

受けた蒼汰は歯を食いしばり、手招きをして見せた。

いいカオしてんじゃねぇか…

闘争心に火のついた蒼汰の目がギラついていた。

ニヤリと笑った一平はミドルで蒼汰の腹を打ち抜いた。

身体で受け止めた蒼汰は負けじとミドルで返す。

一平はガードを捨て、身体で受けた。

意地の張り合い末、二人同時にダウンする。

先に起き上がってきたのは一平だった。

蒼汰の髪の毛をわしづかみにし、引き起こす。

片足を取り、ドラゴンスクリューで膝をねじ切る。

膝を抱え蒼汰の顔が苦痛に悶える。

ダメージを与えた膝をさらに十字固めで攻めたてる。

蒼汰は歯を食いしばり必死にこらえた。

汗を吸い込んだレガースが容赦なく一平の鼻を攻めたてる。

一平は歯を食いしばり必死こらえていた。

蒼汰はホールドを振りほどくと、膝を抱えつつ立ち上がってきた。

その顔がわずかに笑っている。

一平は鼻を軽くかみ、臭いを取り払った。

組みつき、蒼汰は一平をロープに振る。

自らもロープへ走り、ドロップキックをお見舞いした。

打点が高く、バネの効いたキックは一平を吹き飛ばす。

思った以上に楽しめそうだ。

クセェけど。胸を抑えつつ、一平は笑う。

息を弾ませ、蒼汰が一平を引き起こした。

ブレーンバスターで後方に投げ飛ばす。

両足で首をとらえ、腕を背中側にねじあげる。

首極めアームロックは蒼汰の得意技だった。

一平は付き合う事なく、すぐに技を脱出する。

付き合えば臭いにヤられる。

会場の空気が変わってきた。

賭けをやり直してるヤツもいるか。

ヘッドバンドを直す一平の耳には興奮した声が入ってくる。

次はオレに付き合えや

迫る蒼汰をローキックで止め、ジャブからのコンビネーションでさらに動きを封じる。

組みつき、胴体を抑え、背中を反らせて蒼汰を後方に投げ飛ばした。

金属が悲鳴を上げる。

もんどりうつ蒼汰を背に一平はロープに走る。

長身を翻し、セントーンで体重を落としていく。

蒼汰は身体で受けて見せた。

目でもっと来いと挑発してくる。

なら…いいもんくらわしてやるよ

ニヤリと笑った一平は近くの蛍光灯をわしづかみにして、鉄の足場にばらまいた。

蒼汰を引き起こし、高々と抱え上げる。

落下してきた蒼汰の身体は蛍光灯を一気に粉々にしていった。

これにはたまらず、苦悶の表情を浮かべる。

ザックリと切れた背中に鮮血が流れる。

…この血…どっかで嗅いだ事あんな…

流血した蒼汰の血の臭いが鼻に入ってくる。

見覚えのある臭いだった。

だが、汗だくになるほど蒼汰の体臭がキツくなり、血の臭いがかき消されていく。

厄介なヤツだな…

傷つけばつくだけ、蒼汰の魂に火がついていく。

なら…燃えてこい!

一平は蒼汰をロープ際まで引きずっていった。

股下に手を通し担ぎ上げ、蒼汰を場外へ放り投げた。

落ちた蒼汰の身体が爆炎に包まれた。

轟音と共に煙が立ち込める。

地雷に被爆した蒼汰は大の字になっていた。

だが、目は全く死んでいない。

絡みつく有刺鉄線をほどきながら蒼汰は起き上がってくる。

晒した素肌から血を流し、蒼汰はロープをつかみリングに戻ってきた。

立ち上がると、また手招きで挑発する。

一平は付き合ってやる事にした。

楽しいヤロウだ…

反対側に走り、反動を生かして蒼汰目掛けて走っていく。

タイミングを見計らい、蒼汰は一平を全身でとっ捕まえた。

全体重で鉄骨に叩きつけ、引き起こして自らロープをくぐる。

ロープ越しに一平を捕まえると垂直に持ち上げた。

自分ごと断崖に仕掛けられた爆弾へと飛び降りた。

「ガッハッ!!」

大きな爆発が二か所で起きた。

一平ごと自爆した蒼汰もダメージにもんどりうつ。

痛みに身体を抑え、一平は歯をきつく食いしばった。

ほぼ同じタイミングで両者が立ち上がった。

二人とも露出した肌に血が湧き出てくる。

顔面に有刺鉄線の引っかかった蒼汰はつぶれたトマトのようになっていた。

お互いがリングに戻る事を選ばず、地雷場で戦いを続行した。

マットの無いリングも場外も大きな変わりはない。

二人は思い切り地雷場へ相手を投げ捨てた。

そのたびに爆発が起き、血まみれになっていく。

ふらつく一平に、蒼汰は延髄切りを決めた。

前から落ちた蒼汰もろとも爆発する。

自爆をいとわない戦いに会場は熱狂の渦に巻き込まれていく。

場外を一周した両者は、戦いの場をリングに戻した。

ヒートアップした蒼汰は、隙あらば蛍光灯をひっぺがし、リング中にばらまいていった。

自分の身体ごと一平を巻き込み、次々と砕いて行く。

破片の散らばる場所で関節を極め、脳天を蹴りぬかれては破片に身体を叩きつけられた。

出血量が多くなった一平は頭がもうろうとし、思い切り左右に振る。

バケモンだ。この青パンチビ

適当に痛めつけて、終わらせるつもりだった。

久々に楽しいぜ…けど、限界だ。

血が混じる汗をぬぐい、一平は蒼汰の上半身だけを起こし、

抵抗力を奪うために蹴りを入れる。

その首、もらってやるよ!

神経を研ぎ澄まし、狙う場所を定める。

「うぉらああっ!」

バズソーキックで蒼汰の首を刈り取った。

力なく蒼汰の身体が沈む。

一平はひっくり返しその場で身体を翻し蒼汰にかぶせた。

ふざっけんなよ!

カウント2.9で返された一平は思わず鉄骨をたたいた。

肩を上げた蒼汰がヌラリと立ち上がってくる。

タイツ一枚の身体は脚にも破片が刺さっていた。

血まみれの目が笑っている。

くそっ!

ヤケになった一平は無防備な顎を飛び膝で蹴りぬいた。

すかさず身体を固める。

だが、カウントはまたしても3手前で止まった。

四つん這いで蒼汰が近づいてくる。

血まみれの頭を思い切りぶつけてきた。

「グっ!!」

鈍い音と衝撃に一平は声を漏らした。

髪の毛が引っ張られ、煤と血液で汚れた青いタイツが視界に映りこむ。

引き起こされ、顔面に連続で膝蹴りを浴びた。

一平の意識が飛んでいく。

蒼汰は蛍光灯を一平の上にばらまいた。

そして、ポストに上っていく。

会場がどよめいた。

飛び上がった蒼汰は思い切りエビぞりになり、一平に身体をぶつけていった。

筋肉に挟まれた蛍光灯が重い音を立てて砕ける。

白い破片が張り付く腹を抱え込み、蒼汰はもんどりうった。

必死に痛みをこらえ、一平の身体を抱え込む。

ワン・ツー・スリーっ!!!

…次覚えてろよ…この臭い、ぜってぇ忘れねぇからな

カウント3を聞いた一平は、心で吠えた。



「ウワ…ウワッ…!」

蒼汰の身体を見るなり、龍馬は声を上げた。

それは悲鳴に近かった。

「なんだよ」

蒼汰は眉間に皺を寄せた。

「お前…ダメだッ!エグイ!!エグイ!!」

珍しく包帯を巻いていない蒼汰の身体を見て、龍馬は叫んだ。

牛肉みたいに真っ赤なヤツがアチコチから見えてる。

縫う程の傷を負わず、火傷も少なかった。

自分的には怪我のうちに入らない。

蒼汰は治療を拒否した。

蒼汰は身体に残る傷を触り、試合を思い返す。

またアイツとやりたい。正面から本気でぶつかり合いたい。

「…とうとうおかしくなったか?」

傷を触り、ニヤニヤしている蒼汰を見て、龍馬は眉毛をへの字に曲げた。

「お前も触るか?」

「いいっ!!見せるなっ!!ウワっ!!」

傷口を寄せてくる蒼汰に龍馬は目をそらした。

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