ブルーライジング第1章1-6

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「くッ…」

踏ん張り、思わず声が漏れる。

バーベルを担ぐ龍馬の顔は真っ赤だった。

勢いでしゃがみこんだまではいいが、そこから持ち上がらない。

脚をプルプルさせている龍馬を、蒼汰はニヤニヤしながら眺めていた。

「オラ、気合入れろよ」

冷やかすように蒼汰は激を飛ばす。

「クッソォーッ!!」

こんのチビ助がぁ!!

龍馬は意地で持ち上げようとするが、危うくバランスを崩しそうになる。

奥歯を強くかみしめながら龍馬はバーベルを後方に放った。

大量の汗を流し、その場で仰向けになる。

二人だけでやる夜中のトレーニング。

蒼汰が担いでいた重量に興味を示した龍馬は、自分もやると言い出した。

あのチビが持てるならオレにもイケるだろう。

ウェイトトレーニングは自主練習で個人に任せられている。

あまり高負荷のトレーニングをやった事が無い龍馬は見事につぶれてしまった。

「な?重いだろ?」

プレートを外しながら蒼汰は言った。

自分が持てるほどの重量に落とし、そのままクリーンで持ち上げバーへと戻す。

龍馬は仰向けのまま、蒼汰の脚を眺める。

珍しく包帯の数が少ない脚にはみっしりと傷が刻み込まれている。

まるで鎧のように、蒼汰の脚は筋肉が発達していた。

タイツが覆う尻も筋肉だけしかない。

鎧だなこりゃ。

攻めるためというよりも守るため。

マックスボマーから高重量のウェイトを欠かすなと言われていると、蒼汰は言った。

前は今よりもずっと細かったらしい。

それは蒼汰自身を激しい攻撃から守るためのものなのだろう。

息の落ち着いた龍馬はブリッジから跳ね起きた。

ベンチに座り、水を手に取る。

「今度オレ、シングル戦なんだ」

水を飲みながら龍馬は言った。

「初めてなのか?」

蒼汰は不思議そうだった。

正当なファイブスタープロレスのシステムを蒼汰は知らない。

「あぁ、ようやく乱戦で生き残る事が出来た」

龍馬は落ち着きなく手足を動かし続けていた。

今まではただ闘いに集中してればよかった。

シングル戦はバトルロイヤルのようにただがむしゃらに勝てばいいワケでは無い。

少しでも観客の心を動かさなければ、いくら強くてもその先には進めない。

「その試合」

蒼汰の声に龍馬は顔をあげた。

「ちゃんと身体洗ってから行けよ」

真顔で言われた。


お前…もっとこう、他に言う事あるだろ!?なぁ!

だって、お前すっげー汗クセェもん!!

イヤ、イヤイヤイヤ!お前の方が臭いはエグいかんな!?

オレはそんな酸っぱくねぇっ!!!

酸っぱい!?酸っぱいって何だ?オレか!?

お前以外に誰がいんだよ!!!


二人は互いを指さしながら言い合った。

一歩も譲らない両者は、なら勝負でケリつけようぜ!となり、リングに向かう。

負けた方が土下座して謝るという条件のもと、負けられない戦いが始まった。

コイツになんて絶対土下座してたまるか!

両者が意地になり、気がつけばマットに仰向けで倒れていた。


「ハァ…ハァ…おい龍馬!」

ロープを使って立ち上がりながら蒼汰が叫んだ。

ポストによりかかりながら立ち上がった龍馬は、蒼汰を見る。

「…死んでも勝てよ」

龍馬は思わず笑ってしまった。

死んでもってお前…

包帯だらけの顔が真剣なまなざしを送って来る。

「おうよ!」

龍馬は拳を掲げた。



誰もいないロッカーというのは、それはそれで言いようのない緊張感に包まれる。

シングル戦に進んだ龍馬には個室があてがわれ、荷物だけが散乱していた。

今はバトルロイヤルが行われている最中だった。

モニターでは、レスラー達がリングを目いっぱいに使い、闘いを繰り広げている。

試合が後半に近づくころ、スタンバイの指示が入る。

こんなに大変だとは思ってなかった。

あおり映像作成のために撮影を行い、アンケートに答え提出をする。

エリート対雑草

龍馬とトラのマスクマン、キングレオの一戦に充てられたプロモーションタイトルだった。

バトルロイヤルに決着がつき、両者のために作られたプロモーション映像が流れ始める。

運営側はレスラーに対し全面的なサポートを行う。

それを巧く使いこなせるかをレスラー達は問われる。

観客たちの気持ちを高ぶらせ、期待感を最大限にまで増幅させる。

その膨らんだ期待感をすべてかっさらう事が出来れば、おのずと栄光への道が開けていく。

入場口で龍馬はじっと目を閉じていた。

飲み込まれそうになる心を必死に押しとどめ、気持ちを集中させる。

バトルロイヤルの結果にならい、はじめに入場したのはキングレオの方だった。

大歓声が嫌でも耳に入る。

曲がフェードアウトし違う曲が流れる。

オレだ…

「…ッシャアッ」

死んでも勝つ

蒼汰に言われた言葉を胸に龍馬は吠える。

暗闇からまぶしいリングを目指し駆けていった。

雑草である龍馬を支える声は思いのほか大きかった。

ファイブスタープロレスで繰り広げるメインストーリーは正義対悪の確執と下克上である。

この戦いにおいて、キングレオは龍馬を阻む悪となる。

かと言って明確なブックは決められていない。

エリートの前につぶれるのか、それとも壁を雑草がぶち壊すのか。

観客は定まっていない未来を期待で膨らませる。

リングに上がり、対角線に仁王立ちするキングレオを見つめる。

マスクに隠された表情をうかがい知ることは出来ない。

…金かかってんだろーなー。

黄金の毛並みを模したコスチュームはライトに輝いていた。

やや色白で、長身のキングレオは、まさしくエリートにふさわしい風格がある。

バトルロイヤルでさえ苦戦させられた相手に龍馬は戦えるのか。

リングを取り囲むすべての視線が集中していた。

ゴングが鳴り響く。

龍馬は猛然とレオに向かい走った。

スピアーで捕まえ、マットに押し倒す。

会場にどよめきが起きた。

片足を取り、リング中央まで引きずる。

そのまま両足を絡め、首に腕を巻き付けて締め上げた。

STFに捕らえられたレオは悶絶する。

レフェリーがギブアップ!?と繰り返した。

だが、レオはそれをキレイに取り外してくる。

見た目以上に柔軟性に富んだ身体をとらえきる事は出来なかった。

二人は距離をとる。

レオは身体についた汗を取り払っていた。

「くッ…」

なんだよ汚いもん触ったみてぇによ!

体臭問題に揺れる龍馬の心に悔しさがこみ上げてくる。

互いがリング中央に進み出て手四つで向かい合う。

チクショ!なんかいい匂いするしっ!

レオからほのかに香る匂いは、体臭のそれでは無かった。

力で負けるかぁ!!

言いようのない敗北感を必死にかき消そうと龍馬は歯を食いしばり

身体にムチを打った。

レオの身体が後方へと押し込められていく。

「ウラァ!」

がら空きになった腹に龍馬はケリを入れた。

頭をつかんで引き起こし、レオを高々と抱え上げる。

背中からマットに叩きつけ、ロープに走った。

どうせオレは雑草だよコノヤロー!!

ダウンしているレオの腹にエレボーをお見舞いしてやった。

レオは腹を抑えもんどりうっていた。

龍馬は引き起こし、コーナーに振る。

中央からダッシュし、肩から突進していった。

「ウガァっ!!」

レオの身体が消え、鉄柱に激突した。

想定外の痛みでポストにもたれる。

背後からタイツを掴まれ、龍馬の身体は起き上がっていった。

バックから捕まり、後頭部をマットに打ち付ける。

悶える龍馬の両足をレオは両脇に抱えた。

「ウアアアアアっ…」

徐々に勢いが増し、龍馬の身体が回転した。

景色の境が無くなり、全部がどろどろに混ざり合っていく。

マットに放られた龍馬はぐったりとしていた。

視界がまだ回転している。

脳を余計に刺激するライトの光を阻むよう、レオの顔と自分の脚が見えた。

「っグッアアッ!!!」

絶叫した龍馬は目を見開き、股間を抑え込んだ。

レオはマスクの奥で笑った。

コイツはやりがいがある…

股間を抑え、悶える目はコチラを卑怯者と目いっぱいに批難してきている。

そして…

俺はこんなのに負けねーぞ。と。

気にもとめてなかった逸材だった。

こんな近くにいたとは。

レオはリング上で抑え込んでいた残虐性が爆発しそうになっていた。

コイツをもっと嬲りたい。

興奮した様子でレオは龍馬を引き起こす。

殊勝にも歯を食いしばって立ち上がってくる。

ロープ際から場外へと振り落とし、エプロンからダイブした。

鉄柵に激突した龍馬の身体から汗が飛び散った。

降りかかった汗をレオは軽く払い、龍馬を角に向けて振る。

鉄と肉がぶつかる重い音が鳴り響いた。

苦痛に顔をゆがめ、息を荒げる龍馬の顔がたまらない。

もっと見せろ!

レオは龍馬を硬い床に投げ捨てる。

うめき声を上げて、背中をのけぞらせている。

会場はレオの豹変ぶりにザワついていた。

悪役という役割を与えられたのはむしろ好都合だ。

好きなだけ暴れる事が出来る。

「くッ…」

大量の汗を垂らしながら龍馬は立ち上がろうとしていた。

いいねぇ…頑張るじゃねぇか。

金的からラフ攻撃を受け続ける龍馬に声援が重なっていく。

まだ勝負を捨てていない目が、笑えるくらいゾクゾクさせてくれる。

ノーDQを要請しておくべきだった。

椅子でぶん殴ったらどんな顔をしてくれるのか。

カウントが後半に入り、レオは舌打ちし、リングへと戻った。

後を追い、這うようにして龍馬がリングに戻る。

ロープ伝いに立ち上がり、余裕の表情で見下すレオに真っ向から立ち向かっていった。

「ウラァッ!」

声を張り上げ、逆水平で胸元を張っていった。

アメリカン式のジャブが頬にめり込んでくる。

チョップとジャブの殴り合いの末、トラースキックが龍馬の顎を蹴りぬいた。

かかとがクリーンヒットし、視界がゆらぐ。

レオはポストに龍馬を投げ捨てた。

抱え上げ、逆さづりにする。

ロープをつかみ、がら空きの腹にストンピングを浴びせた。

歯を食いしばり、正面から必死に耐えている。

…がら空きになっている箇所がもう一か所あるんだぜ…?

レオはニヤリと笑い、長い脚をまっすぐに振り上げた。

自らの顔にくっくつ程の高さから、黒いタイツ目掛けて振り落とした。

龍馬の身体がガクガクと震えていた。

声すら上がらず、口だけがパクパク動いている。

二回目の急所攻撃。

息が出来ず、意識が飛びそうになった龍馬は前から落下した。

レオは龍馬にストンピングの嵐を浴びせた。

肉を踏みつける感触が全身をゾクゾクとさせる。

「ハァ…ハァ…」

感情に任せ、ストンピングを浴びせ続けたレオは呼吸が乱れていた。

レフェリーが駆け寄り、龍馬の意識を確認する。

「なんだ…終わりかよ…?」

レオを見る顔が笑っていた。

龍馬は身体を起こしていく。

ヤバいくらいあちこち痛い。

特に股間に残る痛みは脚の力を奪い取っていく。

それでも何でか笑いが止まらない。

ふらつきながらニヤつく龍馬を見て、レオも笑った。

声援は完璧に龍馬に傾いている。

もっとコイツを応援しろ!

そうすれば、何度でも立ち上がってくるだろう。

あばらくらいは1,2本折ってやりたい…

いいカオすんだろーなぁ

レオは的確な角度を測定していった。

立ち上がった龍馬はレオに近づき、エレボーを浴びせる。

受けたふりをして顔をそらし、筋肉の薄い箇所を蹴りぬいた。

先攻の一発を浴びせた龍馬は身体で受ける。

骨に直接響く激痛が走った。

だが、龍馬は雄たけびを上げ、身体を起こし胸を張ってきた。

レオは目を見開いた。

そして危うくエレボーをモロに食らいそうになる。

もう一度同じ箇所を蹴りぬく。

顔は歪むが、龍馬は倒れなかった。

なら…

レオは打撃戦に付き合うのをやめ、膝蹴りで龍馬を折りたたむ。

肩越しに担ぎ、脳天からマットに突き刺した。

我慢が効かず、黒いタイツに覆われただけの股間をもう一度蹴り上げた。

コーナー近くに引っ張り、ポストへ駆け上る。

息を切らせながら龍馬は自身を仰向けにした。

よーくわかってるじゃねぇか

レオはニヤリと笑い、ポスト上で首を掻っ切った。

高く飛び上がり、片膝をスタンバイする。

「がああああああっ!!!」

わざとポジションを外し、龍馬のあばらに膝を突き刺した。

絶叫する野太い声が実に気持ち良い。

龍馬がマットをのたうち回っている。

これ以上はスポンサーの目もある。

はやる気持ちを抑え込み、レオは身体をかぶせた。

ワン・ツー・・・・

カウントが止まり、会場の声が重く重なる。

龍馬は肩を上げていた。

しつこい…

汗でヌメつく身体からキツイ体臭が放たれくる。

密着した部分をぬぐい、倒れる龍馬に戻してやった。

レオは大きく息をし、龍馬を引き起こした。

膝を落とした横っ腹が赤黒くなっている。

折れた事を確信したレオはニタリと笑った。

今日は満足だ。

だから、死んどけ。

胴体を持ち上げ、勢いをつけて背中から落とした。

カウントが始まり、2.9で止まる。

レオは龍馬を投げ捨て、折れたあばらを踏みつけた。

脚をばたつかせ、龍馬は絶叫し続けた。

試合時間は20分を越えようとしていた。

死んでも勝つ

痛みでワケがわからなくなってる龍馬に浮かんでくるのはそれだけだった。

レオをつかみ、身体をなぞるようにして這い上がった。

クセェ!近寄んな!

レオは固めた拳を顔面にめり込ませた。

鼻血を吹き、龍馬がのけぞった。

倒れろ!俺はしつこいのはキラいなんだよ!

そう思った矢先、レオの意識が飛びマットに倒れた。

龍馬の脚がレオの頭を真横から蹴り抜いていた。

垂れる鼻血に構わず、レオを引き起こす。

股下から担ぎ上げ、身体を反転させて頭を挟み込んだ。

股を通してクラッチし、飛び上がってレオを突き刺す。

龍馬は天に向かって吠えた。

引き起こしたレオのバックに回り、両腕を巻き込んでホールドする。

弓なりに背中をそらせると、レオは後頭部からマットへ落下した。

高いブリッジを維持しタイガースプレックスが決まりカウントが始まる。

ワン・ツー・スリー!!!

ゴングが鳴り、大歓声が会場を揺らした。

死んでも…勝ったぜ…

大の字に伸びた龍馬は拳をライトに突き上げた。



なんとか自力でリングを降りた龍馬は、控室前で倒れた。

「…まさしく雑草だな…」

岩山のように大きな男は龍馬を抱きかかえた。

気道を確保しつつ、山男はメディカルルームを目指した。

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