ブルーライジング第1章1-8
1-8
「…ここ、無人島ですよね?」
船に乗りたどり着いたのは、寮とリングがある場所から1時間ほどの場所だった。
波の音以外、何も聞こえない。
目の前にはうっそうと生い茂る草木があるだけだった。
「俺が所有している島だ」
簡素な鎧らしきものに身を包んだ大男が低い声で言った。
まるで一つの山が動いているかのようだった。
人間、鍛えればここまでになれるものなのだろうか?
龍馬のトレーナー、マイティ・ガードは圧倒される龍馬を横目に森の中へと足を進める。
「…おいていくぞ」
龍馬はハッとして、山男の後を追いかけていった。
自然を相手に鍛錬を積む。
マイティガードの説明は実にシンプルだった。
森の中腹辺りには、拠点となるテントが張られ、周りに焚火の跡が残っている。
自給自足の生活をし感覚を研ぎ澄ませ、心身を鍛えていくらしい。
まずは一週間。
その生活は自身でカメラを撮り、録画していかなければならない。
プロモーションの一貫として、新人レスラーの訓練の様子は人気が高く、DVD化される事も珍しくなかった。
南に位置するためか、島は湿気が強くジャージがどこか暑苦しい。
「…脱いで良いっすか?」
汗ばむ龍馬は焚火の準備をしている師匠に聞いた。
「好きにしろ」
ぶっきらぼうに帰ってきた返事に龍馬は従うことにした。
ジャージを脱ぎ、リュックの中にしまい込む。
「いっか、誰もいなさそうだし」
一人つぶやいた龍馬は下も脱ぎ、黒のショートタイツ一枚の姿になった。
なんだかんだでこれがしっくりくる。
「虫に刺されるなよ」
その声を横目に龍馬は脛をぼりぼりと掻きむしっていた。
「お前はまだ森に溶け込んでいない。いわば異質な存在だ」
マイティガードも肌の大部分を晒している。
なのに、自分に寄って来る虫がマイティガードには一切近づかない。
「この場に溶け込み共存していけば、虫がお前に興味を示すことは無くなる」
らしかった。
ハッキリ言えば、言ってる意味がほぼわからなかった。
直に触れたヒーローがマックスボマーだけにこの気温差が頭を混乱させていく。
手際よく火をつけたマイティガードに連れられ、今日の食糧と水の確保へ向かう。
道中食べられる草や木の実、怪我や病気の治療に使えるもの、動物の生態など
生存に必要な知識をマイティガードは龍馬に伝授していった。
不思議と頭にスッと入ってくるシンプルさと丁寧さだった。
その日の夜、龍馬はリュックにしまっていたノートに教えてもらった事を書き写した。
ランタンの灯りを頼りにペンを走らせていると、マイティガードの巨体がこちらを覗いていた。
「出ろ」
その声に龍馬は外に出た。
「おおおおお…」
暗闇にちりばめられた星空が360度に広がっていた。
人工的な灯りの無い空はとても澄んでいる。
「ついてこい」
そこは朝降り立った砂浜だった。
「アレ…??」
昼間見た時よりも砂浜が広いような気がした。
マイティガードは、違和感に視線をきょろきょろとさせている龍馬をじっと見ていた。
ほぉ…気が付いたか
この島は夜になると潮が引く。
初日でそこに気が付いた龍馬の勘の良さにマイティガードは関心した。
さて…
「お前の実力…少し見せてもらうぞ」
背中越しに響く声に龍馬は振り向いた。
悠然と構えるマイティガードから今までの親密的な空気が払われている。
龍馬は拳を握りしめ、腰をやや深く落とした。
月明りに照らされた砂浜で、エキシビジョンマッチが始まった。
「グっ…」
圧倒的なパワーの差がどうしても覆せない。
殴っても蹴っても突っ込んでも、龍馬は力に押し切られる。
全身に砂をかぶり、口に入る水気はしょっぱい。
いくら砂浜とは言え、きっちり受け身の体制をとらないと一発でKOされてしまいそうだった。
その巨体から繰り出される一発はとても立ったままで受け続ける事は出来ない。
全身の筋肉はすぐにパンパンに膨れ上がっていった。
「ウアっ…ガアアアッ!!」
ハンマースルーで岩場に激突し、龍馬は声を上げた。
がら空きになった腹に重いパンチがめり込んできた。
崩れ落ちた身体を強引に引き上げられる。
汗と水にぬれたショートタイツが龍馬の身体にピッタリと張り付き股間の形が月明りに反射する。
股下に手を通されると体がふわりと浮き、背中から砂浜に叩きつけられた。
「ハァッ…ハァッ…」
息を荒げる龍馬の顔は苦痛に歪んでいた。
痛みと疲労に必死で抗い身体を動かそうともがく。
マイティガードの影が龍馬を覆った。
頭を股下に挟まれる。
万力で締められるような圧迫に意識が飛びそうになった。
すぐに解放され、視界に映るのはどこまでも続く水平線。
それは真っ暗闇な夜空に変わり、急転直下で身体が砂浜に沈み込んだ。
立て…!立てオレっ!!
かなわないことなんてわかりきっている。
しかし違う。オレが今見せつけないといけないのは耐え抜く事なんだ!
龍馬は自身に必死に立て!と命令し続けた。
その命令に応えようと身体は動くが、沈み込んだ身体は一行に浮き上がらない。
その様子をマイティガードはじっと見守っていた。
「見上げた根性だ」
そう言って龍馬を引き起こす。
龍馬はふらつきながら手繰るように、マイティガードに身体を寄せる。
震える手で、革製の肩当に掴みかかった。
その目はまだ負けを認めていなかった。
「その根性だけは認めてやる」
闇夜にマイティガードの顔が一瞬二ヤリと笑った。
分厚い手で龍馬頭をわしづかみにする。
こめかみを中心に頭部全体を握りつぶされ、龍馬は口を開けて悶絶した。
両足が砂浜から離れる。
地面をたたき割るように、マイティガードは龍馬を砂浜に叩きつけた。
音もなく龍馬の頭が砂浜に埋まる。
ダメだ…もうムリだ…
半分砂に埋もれた龍馬は抵抗する力を失っていた。
「よく耐えた」
月夜の影に自分を見下ろすマイティガードの顔は二ヤリと笑っていた。
マイティガードに担がれ、龍馬はテントに戻ってきた。
力を使い果たした龍馬を木枠のベッドにそっと置く。
予め汲んでおいた水を沸かし、龍馬にかけていった。
そして分厚くごつごつとした手で、砂と海の塩分を洗い落としていく。
「あ…イヤ…そこは…」
なんの迷いもなく股間周りを洗われた龍馬は思わず声を漏らした。
ショートタイツ越しに股間が刺激される。
「なんだ?どこか痛むか?」
「イヤ…それはもうアチコチ痛いっす」
そうじゃなくて…
…これも…修行っ!!!
龍馬は必死に刺激を耐え抜き、ようやく解放された。
「自分で起き上がれるか?」
マイティガードの声がやや遠くから聞こえ、龍馬は歯を食いしばりながら起き上がった。
昼間、端に置いてあったドラム缶にたっぷりのお湯が入っている。
マイティガードは熱せられたドラム缶を抱えて持ち上げた。
え!熱くねぇのっ!?
表情一つ変えることなく、マイティガードはドラム缶を火元から移動させていた。
何キロあんだよ…アレ…
お湯の入ったドラム缶を持ち上げる姿に無意識に口が半開きになった。
ドラム缶をセットし終わったマイティガードが近づいてくる。
気が付けば両脇を抱えられ持ち上げられていた。
そのまま、ドラム缶のお湯に龍馬の身体が沈んでいく。
「湯加減は大丈夫か?」
あまりの展開に龍馬の心は置いてけぼりになっていた。
気持ち的には、まだ自分が木枠のベッドにいる気分だ。
「…え?あ、ハイッ!大丈夫っス!!」
寝起きをごまかすかのような不自然な大声が出る。
「…そうか。まぁゆっくり疲れを取れ」
マイティガードはそう言ってドラム缶にはしごをかけ、焚火の前に腰を下ろした。
龍馬はとりあえず肩まで湯に沈めた。
よく考えられていた。
石が敷いてあり、出るときはステップに、入る時は椅子の代わりになる。
中は思っていた以上にゆったりで窮屈ではない。
龍馬は目を閉じ、砂浜での一戦を思い返す。
コテンパンにやられたが、全身に残る痛みと疲労は心地よかった。
身体に刻まれた余韻に浸り、満点の星空を眺める。
身体一つで、稼げるプロレスの世界。
案外自分には合っているのかもしれない。
兄ちゃん、もっと強くなって、もっと稼げるようになるからな!
弟たちの顔を思い浮かべ、龍馬は拳を握りしめた。
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